植物が存在しなければ 我々も存在しない

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ハーブは有史以来、人々の生活に深く関わってきました。

ハーブについて書かれた最古の書物は約5000年前のもので、メソポタミア南部のシュメール人によって薬草のリストや調合の方法が楔形(くさびがた)文字で書き記されています。確立された農耕技術を持っていた彼らは、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な大地で様々なハーブを栽培し、これらのハーブと硝石を混合したものを軟膏として塗ったり、あるいはワインと共に口から服用しました。料理の際にもハーブが使われましたが、当時は香り付けというよりは消化を良くしたり保存性を高めるためのものでした。

古代エジプト人もハーブに関する知識が豊富であったことがパピルスの文書の研究で明らかになっています。神殿の中には、いくつもの美しいハーブガーデンが作られ、計画的な栽培が行われていたようです。医師が医療用の薬としてサフランやミント、カモミールなどのハーブを患者に処方していました。
リンゴのような甘い香りが特徴のローマンカモミールはエジプト人が最初に発見したと言われており神経系の病気に良く作用するので、当時は「最高の秘薬」と呼ばれ非常に価値の高いものでした。ミイラ作りの際には、腐敗防止の効果があるミルラやフランキンセンスといった植物由来の香料が用いられました。
フランキンセンスはシナモンと調合して痛み止めにしたり、女性の化粧や儀式で使うお香としても使われていたようです。ピラミッドを作る農夫達の体調管理にも様々なハーブが用いられ、古代エジプトではハーブが人々の生活に深く関わっていました。

紀元前2300年頃に編纂されたインドの書物「アタルバヴェーダ」の中には、ハーブを使った健康法が数多く記されています。「アタルバヴェーダ」の医学に関する部分を抽出して体系化したものが、有名な「アーユルヴェーダ」(=生命の学問)です。
伝統療法として現在のインドでも用いられている「アーユルヴェーダ」は、WHOによって公式に承認されている世界三大医学の一つで、古代ギリシアやペルシアの医学界にも大きな影響を与えました。アーユルヴェーダは最古の「予防医学」であり、病気の治療法よりも、いかにして病気になりにくい身体を作るかということに重点が置かれていました。

そこで使われるハーブはどれも優れた浄化作用を持ち、体内に溜まった毒素や老廃物を効果的に排出してくれます。体が浄化され本来の正常な状態に回復することにより、永続的な健康を維持することが可能になるのです。また、インドでは花や草木などから採取した精油を使い「芳香療法」も行われました。これが西洋に伝わりアロマテラピーの礎となったそうです。
古いインドの諺に「病は台所で治る」というものがあります。インドの人々は家庭の食事の中でも健康を管理してきました。日々のカレー作りでは、疲れ気味の人がいればターメリックをたくさん入れ、風邪気味の時には胡椒や乾燥ショウガを配合しました。
また、体温を調節して体調を整えるためにシナモンやクローブ等の香辛料が効果的に使われてきました。

中国では今から約3600年前に「五十二病方」という漢方(=東洋のハーブ)の医学書が編纂されました。52の病気について283の処方が紹介されているこの書物は、マラリアからイボにいたるまで様々な病気を広くカバーしています。
中国最古のハーブ書と言われる「神農本草経」は紀元前2000年頃のものとされていて、500種類の薬草をその効能ごとに分類しています。この本の中に登場するハーブは長い時を経て、現在の漢方医学においてもほとんどが利用されているものです。中国で発達した漢方は特定の病気を治すだけではなく、体全体の調和を図り健康を促進するという方法をとっています。

中国的ハーブティーである「茶」(=チャノキ)の原産地は雲南省だと言われており、ここから世界各地に伝播していきました。チャノキの葉を発酵させたものが紅茶、半分だけ発酵させたものが烏龍茶、発酵させずにそのまま飲むのが緑茶です。そう考えると、すべてのお茶の起源は中国にあると言っていいのかもしれません。
今でこそ日常飲料となったお茶ですが、古代中国では貴重な薬として扱われており、また皇帝への献上品でもありました。お茶には病気の予防となるビタミン類が豊富に含まれており、また強力な殺菌・解毒作用があるので、中国には「早朝の一杯のお茶は薬売りを餓死させる」という諺があるほどです。

ヨーロッパでハーブが一般的に使われるようになったのはローマ時代に入ってからです。香り好きで有名なローマ人はバラの花びらで香水を作り、入浴の際にはラベンダーを浴槽に浮かべました。人口の多い都市部では、消毒効果のあるタイム等の葉を部屋に敷き詰め衛生を保っていたそうです。
ローマ人の移動と共に、ハーブを嗜む文化も次第にヨーロッパ中に広まっていきました。中世に猛威をふるったペスト(黒死病)の蔓延を防いだのもハーブであるとされています。セージやマジョラム、ローズマリーなどを酢に漬けてハーブビネガーを作り、それを身体に塗ると感染を防ぐとされました。現在になってからの研究によると、これらのハーブは抗酸化性が強く免疫力を高めることが分かっています。
当時、キリスト教の中にはハーブの使用を禁止する動きがあり、ハーブ療法などで健康指導をしていた人が裁判にかけられました。そのためハーブの知識は、ローマから距離的に離れカトリックの影響が少ないイギリス国教会で根付きました。今ではイギリスは世界一のハーブ大国になり、ハーバリストによる医療を受ける権利が全ての国民に保障されています。

アメリカ大陸においては、コロンブスによる「新大陸発見」以降、特に南米がハーブの宝庫として知られるようになりました。ヨーロッパから移住してきた人々は、現地に自生するハーブの治癒力に驚かされたといいます。古い記録の中には、戦闘で矢を受けた戦士が磨り潰したハーブを使い傷を治してしまった話などが残されています。
本来なら手術をするような怪我でも、南米の人々は祖先から代々受け継いできた伝統的なハーブの力に頼ってきたのです。現在でも、ヒスパニック系移民の割合が多い国では薬局よりもハーブショップが繁盛する傾向にあります。

かつて多くの先住民族が住んでいた北米大陸では、それぞれの部族が独自のハーブ療法を持っていました。風邪ならバルサムファー、喉の痛みにはレビシアやリコリス、肝臓や膀胱の疾患にはアヤメの根が効くといった具合です。アメリカン・インディアンが行う神聖な儀式では、空気を浄化するために白セージというシソ科のハーブが焚かれました。
彼らの古い言葉には「植物が存在しなければ我々も存在しない。我々は植物が吐き出したものを吸い生きている。」というものがあります。当時の人々にとってハーブは欠かすことのできない存在であったと言えるでしょう。

すべては語り尽くせませんが、数千年に及ぶハーブの歴史の一端をご紹介させていただきました。現在、地球上には約三十八万種類の植物の存在が確認されており、それ以外にも数十万種類の未確認の植物があると予想されています。
その中で高等植物に分類されるものにはすべて薬効が期待できるのですが、これまでに研究されているものは全体の極僅かに過ぎません。まだまだ私たちの知らないところには、私たちの為に生きている未知のハーブが数多く存在しているはずです。

「薬」といえば、ほとんどの人が化学的に合成された化学薬品を真っ先に思い浮かべることかと思います。しかし西洋医学が世界的な主流となる以前、日本でも明治時代までは「薬」とは「薬草」(=ハーブ)のことを指す言葉でした。そもそも中国で成立したこの「薬」という漢字は、草冠の下に「楽」とあり、「草を用いて楽になる」ことを表しています。
歴史・信用・実績、どれを取ってもハーブはまさに「一級品」であると言えるのではないでしょうか。そしてそれは人類が創り出したものではなく、自然界に元々存在していたわけですから、私はそこに不思議な魅力を感じます。